「シン・ゴジラ」で「伊福部昭はいいぞ」と感じた方におすすめしたい次の一作(ネタバレあり)。


ShinGodzilla四半世紀近くゴジラファンをやっていて12年ぶりの和製ゴジラ「シン・ゴジラ」公開に狂喜しているオリエントです。
公開前は不安ばかり募っていたのですが、蓋を開けてみるととても面白く仕上がっていて、いろいろと語りたくなってしまう作品になっていました。大好きです(変な映画だけど)。で、そろそろ感想でも書きたいなと思っていたのですが、どうしても自分の職業と絡めて書かざるを得ないので、非常に書きにくいです。

なので、音楽について書きます。作品や楽曲の分析ではありません。この映画で「伊福部昭」という作曲家を知った方・思い出した方・「伊福部昭はいいぞ」と感じた方向けの内容です。ネタバレを含みます。

さて、現時点で「シン・ゴジラ」を6回ほど観ているのですが、印象的だったのが、6分以上もある長いエンドクレジット(スタッフロール)を最後まで見届ける人の多さでした。8月9日の品川のIMAX夜の回では、ほぼ満席にかかわらず途中退席がわずかに2~3人。

どうしてだろう?といろいろ考えたのですが、理由は正直なところわかりません。映画に圧倒されたのかもしれないし、単に席を立つのが面倒だったのかもしれません。でも、もしかしたら音楽もひとつの要因なのかも?と思うところがあります。エンドクレジットに非常に力強い音楽が付けられていたからです。

「シン・ゴジラ」では、本編やエンドクレジットに伊福部昭(1914~2006)の楽曲がたくさん使い込まれていました。伊福部昭は北海道出身のクラシック音楽の作曲家で、映画音楽も数多く手がけ、とりわけ、1954年の「ゴジラ」からシリーズ第22作「ゴジラVSデストロイア」のうちの12本のゴジラ映画1)「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」を含む。をはじめとした多くの東宝特撮映画の音楽を担当したことで知られています。スケールが大きく野蛮で土臭い低音重視の元来の作風が、スクリーンで所狭しと暴れまわる怪獣に非常にマッチしていると評価されています。「シン・ゴジラ」本編ではゴジラの第三形態への進化、鎌倉上陸、ラストのヤシオリ作戦決行シーンで伊福部楽曲が使われています。

個人的には、公開前まではてっきり音楽も新しく生まれ変わるものと思って楽しみにしていたところ、鷺巣詩郎VS伊福部昭みたいな音楽構成に少々ずっこけました(キャッチコピーの「現実対虚構」に対応しているのかもしれません)。正直、鷺巣さんの楽曲で統一したほうが映画の完成度は高まったのではないかなと思います。

でも久々に映画館のスピーカーで聴く伊福部昭の楽曲はそれはそれで良かった。映画自体、様々な素材のモンタージュというかコラージュというか、そういう作りになっているので(なにしろカメラにiPhoneなども多用しているので画質もコロコロ変わる)、唐突に伊福部昭の楽曲が挟み込まれてもそれほど違和感はありませんでした。

エンドクレジットでは、過去のゴジラ映画のうち伊福部が音楽を担当した作品、「ゴジラ」「三大怪獣 地球最大の決戦」「怪獣大戦争」「ゴジラVSメカゴジラ」の4作のメインタイトル(冒頭のタイトルクレジットに付される音楽)が、それぞれキャスト・本編スタッフ・特撮スタッフ・撮影協力のクレジットと対応するようにあてがわれています。エンドクレジットを最後まで見届けた人の多くは、伊福部楽曲を浴びて映画館を後にしたことになります。

Twitterで「伊福部」などで検索すると、「シン・ゴジラ」で伊福部楽曲が多用されていたことへの好評でいっぱいです。自分としては戸惑いもありますが、今後、伊福部沼(ぬま、です。ところで昭と沼は似ているよね…)へ足を突っ込む人たちがたくさん出てくるかもしれないと思うとワクワクもします。「シン・ゴジラ」はそういう種を蒔く機会となったのではないでしょうか。

そんなふうに沼へ足を突っ込みかける方がこれから出てくるとして、「シン・ゴジラ」の次の伊福部作品として何を観るのが良いか・何を聴くのが良いか。そのオススメ作を考えてみたいと思います。伊福部昭を知ったばかりの頃の自分におすすめするならこうかな、という観点で。オンラインストアやレンタル等で触れやすい作品に限定します。なので伊福部ファンにとっては教科書的な内容になります(いきなり「土俗の乱声」とか「管絃楽司伴『鞆の音』」とかいった作品を勧めたりはしません)。

■映画編

●伊福部昭の担当した特撮映画を観たい

そもそもゴジラシリーズや特撮映画をほとんど知らないという方向け。

  • ゴジラ(1954)
    東宝/監督:本多猪四郎/特殊技術:円谷英二ほか
    Godzillaまあなんというか、このテーマでは外しようのない作品です。「シン・ゴジラ」の次に観る映画作品としても良いと思います。太古より目覚めた大怪獣とスケールの大きい低音重視の伊福部音楽とのマッチングが素晴らしい映画です。
    “ドシラ・ドシラ・ドシラソラシドシラ” という4+5の変拍子のメインタイトル楽曲、所謂「ゴジラのテーマ」(M1、M16)があまりにも有名ですが、この映画ではゴジラに立ち向かう人類側に付けられた音楽となっています。ゴジラの脅威を表現する音楽は、「シン・ゴジラ」で第二形態から第三形態へ進化する場面で使われた不気味な楽曲(M14)です。メインタイトルはゴジラの足音と鳴き声とミックスされていますが、「シン・ゴジラ」でも再現されたこの足音と鳴き声のタイミングも、伊福部昭が楽譜で指定しています(M2)。
    音楽の聴きどころは、後半の骨となるレクイエムでしょう。サウンドトラック盤では「平和への祈り」「海底下のゴジラ」(M22)と名付けられた、教会旋法による2つの楽曲が、これでもかというくらい観る側の感情を揺さぶってきます。伊福部は自らこれを「泣き節」と呼んでいたそうです。最終的にゴジラを倒すという点では「シン・ゴジラ」と共通の結末ですが、登場人物の多くが悲しみに暮れ、音楽もそれに寄り添って終結する、という点でまったく真逆のラストと言えます。
  • キングコング対ゴジラ(1962)
    東宝/監督:本多猪四郎/特技監督:円谷英二
    Kingkong_vs_Godzillaゴジラシリーズ第3作にして、怪獣の脅威を真正面から描いた前作までと異なり、いきなりコメディに振り切った作品です。伊福部昭のフィルモグラフィーにおいて喜劇映画は非常に少ないのですが2)伊福部が担当した映画の中には「盗まれた恋」(市川崑監督)というラブコメディもあります。こういった題材は苦手としていたようで、この作品も音楽付けに苦労した跡が伺えます。、そのうちの1本と言っても良いでしょう。
    人間の思惑と自然の成り行きによって激突する二大怪獣、軽妙な語り口、周到に用意された伏線とその強引な回収など見どころいっぱいの映画ですが、伊福部の音楽も大きな魅力のひとつです。メインタイトルを飾るファロ島原住民の歌は、シンプルながら耳について離れない、大地を引っ剥がすかのような迫力があります。落とし穴作戦や100万ボルト作戦の準備シーンで使われる土木音楽(M18、M20)、キングコング輸送作戦で流れるアレグロ楽曲(M27)も聴きどころ。
    怪獣それぞれにライトモティーフ(キャラクター固有のテーマ音楽)を設定し、映画の展開に合わせてそれらを使い分けるという、怪獣対決ものの音楽設計が確立された作品でもあります。ゴジラのライトモティーフは、当時の録音(M10)のまま「シン・ゴジラ」鎌倉上陸シーンにも使われています。
    本編がコメディタッチであるのに対し、伊福部昭は大真面目にあくまで怪獣映画としての正攻法の音楽をつけていて(これが弟子の黛敏郎なら俳優の演技に合わせた喜劇音楽をたくさんつけていただろうなと妄想しちゃうのですが)、そのギャップがじわじわっとくる映画です。
  • ゴジラVSメカゴジラ(1993)
    東宝/監督:大河原孝夫/特技監督:川北紘一
    Godzilla_vs_Mecha-Godzillaシリーズ第20作で、1984年「ゴジラ」以降ストーリーが明確に連続する作品群、いわゆる「平成VSシリーズ」の1本です。昭和シリーズでは宇宙人の侵略兵器だったメカゴジラが本作では人類の造った究極の対ゴジラ兵器として登場します。
    音楽の聴きどころはメカゴジラのライトモティーフ。声に出して歌うとまるで労働歌のような渋い旋律をオーケストラがユニゾンで高らかに歌い上げ、そこに不規則に打ち込まれる膜質打楽器の律動が巨大メカニックというキャラクターを表現しています。メカゴジラの設計プロセスが描かれるアヴァンタイトル(M1)から、暗闇より浮かび上がるメカゴジラ頭部に被せられるメカゴジラのライトモティーフによるメインタイトル(M2)への流れは鳥肌モノ。このメインタイトル楽曲が、「シン・ゴジラ」エンドクレジットを締めくくる楽曲として用いられています。ゴジラのライトモティーフを「この世ならざるもの」として無調音楽で作り、それに対して人類の乗り込むメカゴジラには調性音楽を当てる。こういったところに伊福部の音楽に対する思想の一端が現れています。
    劇中歌として登場する「エスパー・コーラス」(M22)には、伊福部が幼い頃に北海道の地で交流したアイヌの人たちの言語、つまりアイヌ語が用いられています3)当初は歌詞のない音楽を予定していて撮影もそれを前提に行われたのですが、音楽収録日になってから、作曲者が歌詞を用意したのでこれで行きたいと提案し、そのまま通してしまったそうです。なので、口と歌声とが一致していません。
    また、いわゆる伊福部マーチの完全な新作としてゴジラファンの間でも人気の高い通称「Gフォースマーチ」(M16)も聴きどころのひとつ4)「Gフォースマーチ」はムソルグスキーの作品にルーツがあるのですが、これはまた別の機会にまとめたいと思います。。このマーチの変奏で、「キングコング対ゴジラ」では聴かれなかったコメディタッチの楽曲(M3)が冴えない主人公にひょいっと付けられていることにも注目です。
  • 「大魔神」三部作(1966)
    「大魔神」大映/監督:安田公義/特撮監督:黒田義之
    「大魔神怒る」大映/監督:三隅研次/特撮監督:黒田義之
    「大魔神逆襲」大映/監督:森一生/特撮監督:黒田義之
    Majin大映京都撮影所製作の特撮時代劇映画。1966年に3本立て続けに製作されました。伊福部の代表作でもあり、「シン・ゴジラ」と音楽的なつながりは全くありませんが、伊福部特撮映画音楽を語る上で外せない作品のひとつです。
    悪政によって民衆が虐げられると武神像が大魔神となって現れ悪政を倒す、という基本プロットが3本に共通で、一話完結でストーリーのつながりは全く無いのでどの作品から観ても問題ありません。
    かなり精度の高いブルーバック合成や、大魔神の身長を15尺(4.5m)とすることで縮尺の大きいミニチュアセットを使うなど、迫力ある特撮場面が見どころ。
    伊福部の音楽は、オーケストラの楽器の低音域を総動員した大魔神のライトモティーフが不気味で凄まじい迫力です。スケールの大きい、土臭い、伊福部の本来の作風が異常なほど作品に合致しています。虐げられている人々の祈りや自然描写に寄り添った音楽も、大魔神が暴れまわることによるカタルシスを演出する大きな要素となっています。
    伊福部の代表作を、というつもりで選んだのですが、ギョロ目の異形の神が伊福部音楽を背景に暴れまわるという点で、「シン・ゴジラ」の次に観る1本としても良いかもしれない、という気がしてきました(3作ありますが)。

●伊福部昭の特撮映画以外の映画作品を観たい

  • ビルマの竪琴 総集篇(1956)
    日活/監督:市川崑
    The_Burmese_Harp東宝特撮映画はだいたい観たが伊福部の他の映画作品を観たことがない、という人におすすめしたいのがこの作品5)総集編というのは、当時映画会社の事情により先に第一部・第二部と不完全な状態で公開されたことによるものです。。「ビルマの竪琴」といえば、1985年の中井貴一主演のリメイク作品が知られていますが、こちらは同じ市川崑監督による、オリジナルのモノクロ映画です。
    なぜこれをおすすめするかといえば、伊福部昭の代表作であるし、映画作品としても音楽演出としても非常に完成度が高いということもありますが、なんといってもメインタイトルに使われている主題音楽が「ゴジラ」に使われた「海底下のゴジラ」とほとんど同じ楽曲だからです。伊福部ファンの間ではよく知られていることですが、伊福部は映画に共通する要素があると同じ楽案を用いるという手法をよく採っていました(まあファンの間でも「転用」とか「流用」「使い回し」と言いますが)。メカゴジラのライトモティーフのように、複数の作品を通し長い年月をかけて洗練させていった楽案もあります。
    1950年代の代表作である「ビルマの竪琴」「ひろしま」「ゴジラ」の3作は、主題音楽もしくはそれに準ずる重要な楽曲が同一の旋律から成っています。このような音楽付けから、伊福部が映画の主題や個々の場面に対してどのような考えを持っていたのかを想像することができます。この旋律は純音楽作品「合唱頌詩『オホーツクの海』」(1958)にも通ずるもので、こちらは戦時中から作曲に取り掛かっていた可能性があるので、先述の3作も「オホーツクの海」からの転用と言えるのかもしれません。
  • わんぱく王子の大蛇退治(1963)
    東映動画/演出:芹川有吾
    The_Little_Prince_and_the Eight-Headed_Dragon伊福部が生涯で唯一手がけたアニメーション作品で、東映動画製作の長編映画作品。日本神話をベースにした少年スサノオの冒険譚です。60代以上続く伊福部家の系図上の始祖は大国主命となっているので、伊福部にとってはご先祖様の映画でもあります。
    全編86分のうち、音楽が70分以上も付けられています。楽曲数も64曲と他の映画より突出して多く、これはアニメーションは実写と比較して画面の情報量が限られることから、それを音楽で補う必要がある、という判断によるもの。音楽だけでなく、劇中の効果音も楽音、つまり楽器の音を使って伊福部が作成しています。実際に映画を観ると、他の伊福部映画作品以上に音楽が画面と密着していて、見応えのある作品となっています。
    なかでも中盤で登場する「アメノウズメの舞」は、スタッフとの打ち合わせを経て伊福部がキャラクターの舞踊譜と曲を作り、少人数のオーケストラでの録音と再度の打ち合わせの後に本番用の録音を行い、その録音に合わせてダンサーが踊る様子を撮影してそれをもとに作画を行うという、贅沢な手法が採られたそうです。音楽だけでなく音響効果全体を重視した映画作りに、伊福部もとりわけ思い出深い作品と語っていたとのこと。後に「交響組曲『わんぱく王子の大蛇退治』」(2003)という純音楽作品にまとめています。
  • 雪にいどむ(1961)
    日映科学映画製作所/演出:奥本大六郎

    伊福部は劇映画だけでなく記録映画も数多く手がけました。「佐久間ダム」三部作のような大作もありますが、この「雪にいどむ」は30分の短編映画。現在YouTubeで配信されています。
    注目は除雪車両に付けられた音楽。幾つかの楽案が用いられていますが、その中に「ゴジラVSメカゴジラ」のメカゴジラのライトモティーフに通ずる楽曲があります。先に述べたように、伊福部は共通する要素に対して同じ楽案を使う作曲家です。蒸気機関車の牽引する除雪車両とメカゴジラ、おそらくは人の動かす巨大メカニックを表現する旋律なのでしょう。この楽案は他に「つばめを動かす人たち」のEF58電気機関車や「十三人の刺客」の要塞建造シーンなどにも使われています。また、作中登場する研究所には「キングコング対ゴジラ」のキングコング輸送作戦に通ずる楽案が使われています。
    鉄道と伊福部音楽の組み合わせは「シン・ゴジラ」を連想させるものがありますが、記録映画においてはあくまで鉄道や鉄道員を真正面から表現した楽曲が中心となっているので、ヤシオリ作戦のアレ(「宇宙大戦争」M32)とのつながりはありません。

■映画音楽CD編

  • 「伊福部昭の芸術4 宙 SF交響ファンタジー」(キングレコード)
    指揮:広上淳一/日本フィルハーモニー交響楽団
    KICC-178映画音楽CD編としながらいきなりですが、厳密には純音楽に分類すべき楽曲の録音です。1995年から2003年にかけて作曲者監修のもとに行われたセッション録音によるシリーズの第4集、「SF交響ファンタジー」三部作と「倭太鼓とオーケストラのためのロンド・イン・ブーレスク」を収録したCDです。
    「SF交響ファンタジー」(1983)は、伊福部が東宝特撮映画のために書いた楽曲を自ら演奏会向けに編曲した管弦楽曲。3曲とも映画音楽の組曲として非常に完成度の高い作品で、特に第1番はクラシックの演奏会でしばしば取り上げられています。当CDが第1番から第3番までセッション録音された唯一の盤です6)同じくキングレコードからリリースされている「ゴジラに捧ぐ」「ゴジラ・ゴジラ・ゴジラ!−ゴジラ ベスト」「怪獣特撮映画音楽ベスト」はこれの再録盤なので要注意。
    「ロンド・イン・ブーレスク」は、「わんぱく王子の大蛇退治」や「怪獣大戦争」の楽曲の旋律が素材として使われている純音楽作品。ロンドなので怪獣大戦争マーチの旋律を主軸に各素材が入れ代わり立ち代わり現れます。かなり脂っこい音楽で、聴いていて体力を消耗します。
  • 「伊福部昭未発表映画音楽全集~岩波映画編・佐久間ダム三部作」(Vap)
    VPCD-81190本当は映画作品として「佐久間ダム」三部作をおすすめしたいところなのですが、第一部・第二部は完全な形での鑑賞が困難な上に第三部のフィルムは行方不明のまま。というわけでこのCDをおすすめします。
    「佐久間ダム」三部作の他、記録映画4作品「バルウチャン・プロジェクト」「天龍川」「北海道」「遭難 ─ 谷川岳の記録」の楽曲を断片的にですが収録しています。いずれの作品にも特撮映画音楽に通ずる楽案が使われています。
    記録映画の中でも、特に自然開発を描いた作品では、特撮映画と同様の自然描写や機械描写の音楽に加え、「佐久間ダム」第二部M1やM9のような低音から歌い上げる暑苦しい伊福部労働歌も入るため、かなり聴き応えがあります。通しで聴くと体力を消耗します。
  • 「伊福部昭 映画音楽デビュー50周年記念盤 東宝映画ミュージックファイル」(Vap)
    VPCD-81223これまで伊福部映画音楽のCDは数多くリリースされていますが、現在オリジナル音源を収録した現役盤は少なくなっています(配信では徐々に増えつつあるようです)。
    Amazon等で購入可能で、特撮映画に限らず一般映画をも俯瞰した内容のものとなると、東宝作品に限定されますがこのCDがおすすめ。収録作は作品ごとに1〜2曲程度ですが、メインタイトル曲+αという構成が素晴らしい。これを通しで聴くと、重厚なメインタイトル曲が多くて体力を消耗します

■純音楽編

伊福部昭は映画音楽で有名ですが、クラシック音楽の作曲を本分としていました。特にオーケストラのための作品作りには終生こだわりを見せていました7)最晩年には大規模な管弦楽曲の作曲は途絶えてしまいましたが、亡くなる5年半前の2000年8月11日付読売新聞大阪夕刊掲載のインタビューでは、「管絃楽の爲の音詩『寒帯林』」を記憶をたどりながら書きなおしていると語っていました。
管弦楽曲の特徴のひとつは、とにかくオーケストラが良く鳴ること。伊福部は上下巻合わせて1500ページにもなるオーケストレーションの教本「管絃楽法」(音楽之友社)8)現在は大判化し上下巻まとめて500ページほどに再編集された「完本 管絃楽法」として販売されています。をひとりで執筆するほど、卓越したオーケストレーションの知識と技術を持ち合わせていました。
ここでは映画音楽にも通ずる素材が含まれる純音楽作品を紹介します。あの曲がこんなかたちで、というのも楽しみのひとつ。

  • 日本狂詩曲(1935)
    伊福部の初めての管弦楽曲。三管編成のオーケストラにピアノ、ハープ2台、打楽器奏者9名を要するなど、大編成を要求した作品です。
    第1楽章「夜曲」は祭りの夜の音楽。小太鼓のリズムに乗って延々唄われる独奏ヴィオラの静かな祭囃子は、優れたオーケストレーションも相まって今もなお衝撃的9)日本狂詩曲作曲当時、伊福部はハープやコントラファゴットやテューバの現物を見たことがなかったそうです。いずれも効果的に使われています。
    対して第2楽章「祭」はオーケストラ全体が爆発し続ける祝祭音楽。とにかく音がでかい。打楽器が絶えず鳴り響き、実演では他の楽器の音がかき消されてしまうほど。伊福部はこの第2楽章について、打楽器が主体で旋律は副次的なもの、と語ったとか。「ゴジラ」に登場する大戸島の神楽(M6)の旋律はこの楽章が元となっています。

    • 「伊福部昭の芸術1 譚 初期管弦楽」(キングレコード)
      指揮:広上淳一/日本フィルハーモニー交響楽団
      KICC-175作曲者監修によるセッション録音。演奏・録音ともに聴きやすい。「祭」のテンポはかなり速い。
      他に「土俗的三連画」「交響譚詩」を収録。どちらも伊福部の初期の代表作です。
      キングレコードの「芸術」シリーズは現在12集まで発売されており、うち第7集までは作曲者監修に基づくセッション録音を売りとしていました。第8集以降はライブ録音主体となっています。
    • 「伊福部昭 交響作品集」(Fontec)
      指揮:山田一雄/新星日本交響楽団
      FOCD-2512演奏も荒っぽければ録音も今日では聴きづらい点もありますが、熱量凄まじくほとんど暴力的と言って良い、伝説的な1980年のライブ録音。これが作曲者の認める日本国内での舞台初演とされています10)戦時中の1944年に、金子登指揮・東京交響楽団による演奏記録(編成を縮小しての演奏)があり、こちらを初演とする資料もあります。また、1971年の小船幸次郎指揮・横浜交響楽団による演奏記録が残っています。こちらは作曲者がなぜ初演扱いとしなかったのかなど、詳細は不明。。演奏も凄ければ客席の熱狂ぶりも凄い。
      併録の「オーケストラとマリムバのためのラウダ・コンチェルタータ」も物凄い曲&演奏(単一楽章・30分弱と、慣れていないと長く感じるかもですが)。タワーレコードから復刻発売中。また、上記音源をはじめ、Fontecリリースの音源を集めた2枚組CDも発売されています。
    • 「日本作曲家選輯 日本管弦楽名曲集」(NAXOS)
      指揮:沼尻竜典/東京都交響楽団
      NAXOS8555071「芸術1」と同じく作曲者監修の録音。特に「祭」のテンポが大きく異なり、遅めの演奏になっていますが、実はこれが楽譜の指定に近いテンポ。やや上品過ぎるきらいもありますが、端正な演奏です。録音も曲のディテールを掴みやすく良好。
      なんとAmazonやタワレコでは在庫切れなんですね。良いCDなのに(安いし)。というわけで配信でどうぞ。
      この他、NAXOSからは伊福部作品集も出ています。ロシアのオーケストラによる演奏。こちらは演奏のアクが弱くて、ファンの間では評判の悪いCD。リリース当時は自分も落胆したクチ。しかし10年以上経った今ではなかなか楽しく聴ける録音に思えて(アラはあれどオーケストラは良く鳴っているし)、これをきっかけに伊福部ファンになったという人がいるのも納得。
  • ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲(1948/1971)
    YouTubeにアップされた動画により「社長と女店員」(1948年12月10日公開)のメインタイトルが所謂「ゴジラのテーマ」の元ネタと言われることが近年増えましたが、実際には同年に作曲された「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏曲」11)もっとも、「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏曲」1948年初稿版は録音が残っておらず、楽譜も未確認のため、どのような形で「ゴジラのテーマ」が組み込まれていたかはわかりません。(1948年6月22日初演)、さらには「管絃楽の爲の音詩『寒帯林』」(1945)第3楽章まで遡ることができます。
    「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏曲」は3楽章形式で、戦時中から作曲が始められ、1948年の初演後には第2楽章を削除して2楽章形式に、さらに管弦楽パートを大幅に書きなおすなど何度も改訂が重ねられ、今日「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏風狂詩曲」(1948/1971)として聴くことができます。この削除された楽章は、「ビルマの竪琴」主題音楽(つまり「ゴジラ」における「海底下のゴジラ」)と似たような楽曲だったという作曲者の証言が残されています。
    第1楽章は旋律主体、第2楽章は律動主体の楽曲。第1楽章には「ゴジラのテーマ」や「怪獣総進撃マーチ」の旋律が登場します。特に「ゴジラのテーマ」は映画のそれにかなり近いかたちで出てきます。そういった要素もあり第1楽章ばかりが注目されがちですが、第2楽章も涙なしに聴けない生命力溢れる力強い楽曲で、2つの楽章あわせて強くおすすめしたい音楽です。
    演奏機会が少なく、録音もアマチュア・オーケストラ含めわずかに4種(+ピアノリダクション版が1種)しか出ていませんが、下記の録音がおすすめです。

  • ピアノとオーケストラのためのリトミカ・オスティナータ(1961/1971)
    「ゴジラのテーマ」といえばおそらく「自然な変拍子の音楽」としても有名だと思うのですが、伊福部は純音楽作品においても変拍子を非常に自然な形で使い込んでいます。変拍子自体はイーゴリ・ストラヴィンスキー「春の祭典」等からの影響もあるのでしょう。
    伊福部のリズムに対する感覚の鋭さがよく現れているのがこの「リトミカ・オスティナータ」。ピアノ協奏曲です。タイトルは執拗なリズムの意。非常に激烈な、伊福部変拍子音楽の極北、ほとんどプログレ。巨大な曼荼羅のような音楽です。中間部など1小節ごとに拍数がコロコロ変わるのに(6/16→4/16→7/16→6/16→7/16→8/16→6/16→4/16→7/16→4/16→6/16→7/16→7/16→4/16→8/16、といったふうに)、音楽は極めて自然につないであって、聴いていて違和感が無いし、一度覚えるとリズムが身体にすっと入ってくるのが不思議です。中間部に3回、「キングコング対ゴジラ」キングコング輸送作戦の旋律が挟み込まれます。
    近年演奏機会が増えています。録音はいくつか出ていますが、下記の1971年のセッション録音が凄まじい演奏です(現在はCD-Rによるオンデマンド販売)。

■書籍編

  • 「音楽入門」(角川ソフィア文庫)
    An_Introduction_To_Music-Kadokawa伊福部昭が一般向けに書き下ろした唯一の著書です。「音楽鑑賞の立場」という副題が付けられていて、趣旨としては音楽鑑賞の手助けとなるものを、ということなのですが、実際に手に取ると、伊福部の持つ広範な知識を引き出して、音楽の成り立ち、素材と表現、形式、音楽観といった様々な観点で音楽そのものについての論考が重ねられ、さらにそこへ著者の音楽や音楽鑑賞に対する厳しい姿勢が幾度と無く織り込まれ、それらが平明な文章で短く簡潔にまとめられているので、読んでいてなにか巨大な生き物の一部を目撃したかのような気分になります。今日音楽漬けの生活を送っている身としては耳が痛い主張も入っています。
    「シン・ゴジラ」の公開に合わせ、角川ソフィア文庫のレーベルから発売されています。「シン・ゴジラ」音楽担当の鷺巣詩郎の解説と、1975年の開田裕治編の同人誌「衝撃波Q 4号」のインタビュー記事を収録。1975年といえば伊福部昭再評価の流れがまだ大きくない頃で、貴重な記事です。
  • 「片山杜秀責任編集 文藝別冊伊福部昭」(河出書房)
    Bungeibessatsu_Ifukubeもうこんな辺境ブログの記事など読まなくてもこれ1冊あればまずは十分、というオチで締めくくります。
    政治学者にして音楽評論家・片山杜秀編集による伊福部昭ムック本。インタビュー、対談、片山氏のマシンガントークが聞こえてきそうな「語り下ろし」、純音楽や映画音楽の作品解説、最新の年譜に映画音楽作品リストと、充実した資料集となっています。
    特に、生まれから敗戦直後の上京まで語られている本人のインタビューは必読。「シン・ゴジラ」の次にこれはちょっと濃すぎるような気もしますが、作品探求の手引きにはうってつけの一冊です。

めっちゃ長くなった…10ツイート分くらいに収めるつもりが。

なぜあの映画が・あの音楽が無いんだというツッコミが聞こえてきそうでちょっと怖いですが(本当は「地球防衛軍」や「真昼の暗黒」「日本列島」だって推したいし、CDだってアレも良いしコレも良い…となるのですが、今回は「シン・ゴジラ」の次におすすめする一本という扱いなので)。

伊福部ヌマは深くて暗いです。

担当した映画の本数が300本以上、純音楽を含めるとリリースされたCD・レコードが150枚以上(アマオケの私家盤等を含めると実際何枚あるんでしょうか…?)。さらには、発表後に行方不明になっていた楽曲が蘇演されたり、長年に渡り映画音楽作品リストに入っていなかった映画が突如ムック本の付録DVDとして発売されたり、何度も書き直しされた純音楽作品の書きなおす前のバージョンの録音が2種ほぼ同時にリリースされたりと、近年でも続々と幻の音源が世に出ています。他にも、やはり作品リストに載っていなかった放送作品のタイトルのみが確認されたり。


東京映画配給・東横映画京都製作の映画に付された「東京映画配給」配給ロゴマークに「20世紀フォックス・ファンファーレ」の如く伊福部の音楽が付けられていたのではないか?という未確認情報もあります(有力な情報求む)。

伊福部昭がその生涯において実際にどれだけの楽曲を書いたのか、そのすべてを知る人は作曲家本人を除いていないと言ってよいでしょう。「深くて暗い」と書いたのはそれゆえのことです。沼にやっと両足突っ込んで逃れられなくなった辺りかな、くらいのオリエさんも当然ながら伊福部昭の全楽曲を聴いたことがありません。というか、生きてるうちに全て聴くのはたぶん不可能だろう、くらいに思っています12)200年後くらいの伊福部ファンは全部聴けるようになっているのかなあ。長生きしたい。

そんな伊福部ヌマに足を踏み入れれば、一生逃れられなくなりますし、作品探求を完遂できるかどうかもわかりません。ただ、何かひとつの芸術形態なりジャンルなりを好きになったとして、この世に存在するその全ての作品に触れることなど到底できない、と悟るところから楽しくて苦しい趣味の世界が本格的に始まるわけで、みんなも伊福部ヌマにおいでよ。

参考文献:

追記:

  • 2016/8/21 19:20訂正
    しょーもない間違いがあったので訂正(×「キングコング対ゴジラ」→◯「三大怪獣 地球最大の決戦」)。一週間前から書いててなぜずっと気付かなかった…?
  • 2018/1/31 追記
    オススメCDを追加しました。
  • リストに入れたかったけど割愛した作品(「シン・ゴジラ」の次にという前提で)。
    「真昼の暗黒」「空の大怪獣ラドン」「地球防衛軍」「座頭市物語」「十三人の刺客」「日本列島」。
    「日本誕生」「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」「釈迦」「秦 始皇帝」など大作系は重すぎ。「コタンの口笛」残念ながらソフト化されてない。「宇宙大戦争」関連作だけどなんとなく上級者向け感があり。

1 「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」を含む。
2 伊福部が担当した映画の中には「盗まれた恋」(市川崑監督)というラブコメディもあります。こういった題材は苦手としていたようで、この作品も音楽付けに苦労した跡が伺えます。
3 当初は歌詞のない音楽を予定していて撮影もそれを前提に行われたのですが、音楽収録日になってから、作曲者が歌詞を用意したのでこれで行きたいと提案し、そのまま通してしまったそうです。なので、口と歌声とが一致していません。
4 「Gフォースマーチ」はムソルグスキーの作品にルーツがあるのですが、これはまた別の機会にまとめたいと思います。
5 総集編というのは、当時映画会社の事情により先に第一部・第二部と不完全な状態で公開されたことによるものです。
6 同じくキングレコードからリリースされている「ゴジラに捧ぐ」「ゴジラ・ゴジラ・ゴジラ!−ゴジラ ベスト」「怪獣特撮映画音楽ベスト」はこれの再録盤なので要注意。
7 最晩年には大規模な管弦楽曲の作曲は途絶えてしまいましたが、亡くなる5年半前の2000年8月11日付読売新聞大阪夕刊掲載のインタビューでは、「管絃楽の爲の音詩『寒帯林』」を記憶をたどりながら書きなおしていると語っていました。
8 現在は大判化し上下巻まとめて500ページほどに再編集された「完本 管絃楽法」として販売されています。
9 日本狂詩曲作曲当時、伊福部はハープやコントラファゴットやテューバの現物を見たことがなかったそうです。いずれも効果的に使われています。
10 戦時中の1944年に、金子登指揮・東京交響楽団による演奏記録(編成を縮小しての演奏)があり、こちらを初演とする資料もあります。また、1971年の小船幸次郎指揮・横浜交響楽団による演奏記録が残っています。こちらは作曲者がなぜ初演扱いとしなかったのかなど、詳細は不明。
11 もっとも、「ヴァイオリンと管絃楽のための協奏曲」1948年初稿版は録音が残っておらず、楽譜も未確認のため、どのような形で「ゴジラのテーマ」が組み込まれていたかはわかりません。
12 200年後くらいの伊福部ファンは全部聴けるようになっているのかなあ。長生きしたい。

3件のコメント

  1. >長年に渡り映画音楽作品リストに入っていなかった映画が突如ムック本の付録DVDとして発売されたり

    詳細教えてください

    1. ■匿名様
      新潮社「原節子のすべて」( https://www.amazon.co.jp/dp/410790234X/ )の付録として収録された「七色の花」(1950年、東映、春原政久監督)です。このムック本発売以後に編纂された映画音楽リストには収録されるようになりました。

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